49.ジムの長男坊②

新田 渉世

 ずっと触れずに来たが、“ジムの長男坊”西禄朋(にし よしとも)が帰ってきた。

 西は新田ジム開設当初から活躍してきたプロ第1期生。元ヤンキーだった彼は、バイク事故で右足にボルトを埋め込む大怪我をし、そのリハビリ目的で新田ジムに入門してきた。
 思いの他センスのあった西はすぐに上達し、入門して半年でプロテストに合格。その3ヶ月後にデビュー戦。というハイペースで階段を駆け上がってきた。
 しかし、実力的に勝てる相手に対して何度か星を落とし、自分自身の壁を打ち破れないまま、去年の12月を最後に「辞めます」と言ってジムから去っていった。何度も挫折を乗り越えてきた彼だったが、今回は止めることが出来なかった。

 その西が、5ヶ月ぶりにジムに帰ってきた。「このまま辞められないです―。でも、もう時間を無駄にはしたくありません」今年28歳になる元ヤンキーは、そう言って決意を示した。
 「新田ジムの長男坊だからな・・・。よし、オレも頑張ろう」そう言って、以前より更に忙しくなっていた私だったが、西の決意を受け入れた。

 しばらくして西からメールが来た。
「話があるんで、メシ付き合ってもらえませんか。おごりますんで」
 何の話だろう。やっぱり辞めるとでも言うのか―。とにかく心配ばかりさせる男だ。我々は約束の日時にジムで待ち合わせ、近くの焼肉屋へ向かった。
 西とメシを食うのは久しぶりだ。心配ではありつつも、私は嬉しさを隠すのに苦労した。心配な分、思い入れも強かった。

 「話って何だ・・・?」切り出し難(にく)そうにしている西に、私の方から話しかけると、ポツリポツリと口を開き始めた。
 「会長、前回オレが負けた後、他のジムへ行ってもいいって言ったじゃないですか。あれって、もうオレのこと必要ないってことですか?」
 「?」
 私は一瞬、西が何を言っているのか解らなかった。
 「会長、移籍していいって言ったじゃないですか」
 ようやく意味が飲み込めた。つまり、「負けてばかりいるから、お前はもう必要ない。出て行け―」そう言われたと思ったらしいのだ。

 「アホか! オレは西にこのまま終わって欲しくなかったから、そう言ったんだ。もしウチが合わないなら、もっと厳しいジムがいいって言うなら、他へ移ってでもいいからボクシングを続けて欲しかったんだ! 本当は手放したいわけがないだろう!」私は呆れてしまった。
 「その事だけ、ちゃんと聞いときたかったんです。ずっとそればっか気になって・・・」西は叱られた子供のような顔で、ボソっと呟いた。
 「まったく何を言ってるんだ!」私は呆れながら焼肉を口一杯に頬張り、この長男坊への愛おしさを一生懸命ごまかしていた・・・。


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                        =概要=
         日本初の国立大卒チャンプが開いた小さなボクシングジム。
         そこに集う、プロ選手、練習生、トレーナー、そして自分自身。
         皆なんらかの傷を負い、なんらかの挫折感を噛み締めている。
         でも、ボクシングは人を変える。負けることで、人は変わる。
                    そう、「負け」に負けるな――
         スポーツによる魂の再生を描く、感動のヒューマン・ドキュメント。

  
  ▼新田ボクシングジム
神奈川県川崎市多摩区登戸2832 小田急線向ケ丘遊園駅徒歩5分
TEL 044-932-4639
http://www.nittagym.com/

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