56.ジムの長男坊③

新田 渉世

 
 “新田ジムの長男坊”と呼ばれる古株の西禄朋(バックナンバー49)がジム戻ってきてから約半年が経ち、後楽園ホール初興行のメインエベンターとしてリングにカムバックすることになった。

 私は会長としての仕事や協会理事としての仕事が増え、担当選手を持つことが難しくなっていた為、西の指導は孫トレーナーに任せることになった。
 選手とトレーナーがコンビを解消するのは、他人には分からない特別な悲しみがある。しかし私は、西の成長の為に断腸の思いでこの選択をした。
 西自信も複雑な思いがあったはずだが、孫トレーナーの指導の下、着々と体を作り上げていった。

 11月1日、ジムとしては初の後楽園ホール自主興行の舞台で、西は復帰戦を判定勝利で飾った。何はともあれ、“勝利”によってひとまず西の顔にも笑顔が戻ってきた。

 ところが――、いよいよA級ボクサーとして活躍してゆこうという時に、西はまたジムに来なくなってしまった。
 どうやら仕事が忙しくて時間が取れなくなってしまったらしい。西は「ガレージ24」という自動車修理工場を自分で経営している。11月1日の試合に向け、かなり仕事量を減らしてきた為、その分を取り戻さなくてはならなかった。

 とはいえ、どんな理由にせよ、プロボクサーである以上トレーニングをしなければ話にならない。「一緒に出来なくなった分際だが、練習しか強くなる手段はないぞ」と、私は西にメールを送った。そのメールに反応したのかどうか分からないが、西は1日だけジムに顔を出し、そしてまた来なくなった。

 試合から1ヶ月半が経ち、私は「ガレージ24」へ西を訪ねた。「昼メシ、一緒に食うか?」と言って弁当を2つと飲み物を買って行った。
 車一台がやっと入る小さな修理工場だが、結構繁盛している様子だった。得意の“改造”だけでなく、一般の修理から何から全てこなしているという。
 「このメーターを台湾で安く作らせてインターネットで販売しているんですよ」西は自分でデザインした改造用のスピードメーターキッドを見せてくれた。「こいつがよく売れるんですよ!」一生懸命働いている姿が微笑ましかった。

 「ボクシング・・・これからどうするんだ?」と聞くと、「やります!ボクシング中心で行きます!」と西は真剣な眼差しで答えた。「でも、練習しなきゃな・・・」「やります!1月からは行けます!」真剣にそう思っていることだけは伝わってきた。
 「会長、試合いつできますかね?」「練習しないと試合は出来ないんだよ!」まるで小さな子供と話しているような気分だったが、それ以上きつくは言わなかった。試合が決まったら練習するのではなく、試合が決まっていない時の練習こそが大事であることを、西はまだ十分理解していない。困った長男坊ではあるが仕方ない。彼の成長を見守ってゆくのが私の仕事なのだ。

 「全日本新人王決勝戦」に出場する岳たかはしが、前日の計量後に入ったレストランで力を込めて言った。「西さん、絶対に上へ行って欲しいです。ホントに力ありますから。もったいないです。西さんだけは、ホントに上へ行って欲しいです」

 後輩達からも慕われている、非常に魅力的な男――。困った長男坊である。


  
◆◆◆新田渉世が本を出版しました。「リングが教室。」(ポプラ社)2月13日発売◆◆◆
 
                        =概要=
         日本初の国立大卒チャンプが開いた小さなボクシングジム。
         そこに集う、プロ選手、練習生、トレーナー、そして自分自身。
         皆なんらかの傷を負い、なんらかの挫折感を噛み締めている。
         でも、ボクシングは人を変える。負けることで、人は変わる。
                    そう、「負け」に負けるな――
         スポーツによる魂の再生を描く、感動のヒューマン・ドキュメント。

  
  ▼新田ボクシングジム
神奈川県川崎市多摩区登戸2832 小田急線向ケ丘遊園駅徒歩5分
TEL 044-932-4639
http://www.nittagym.com/
  

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