6.ジムの長男坊④

新田 渉世

 

 「よし、もう一回一緒に頑張るか!」
連敗を喫し、しばらくジムから足が遠のいていた西禄朋(よしとも)だったが、昨年の春、再帰しようとジムに戻って来た。私は彼と力強く握手を交わした。
 
 数日後、西は「話したいことがあります」と言って私を焼き肉屋に誘い、こう尋ねた。
 「会長、試合に負けた後、俺に『他のジムへ行っていい』って言いましたよね。あれは俺が必要ないって意味で言ったんですか?」
 予想外の質問に、私は呆れながら笑って答えた。「西にとって何がベストか考えて言ったことだ。手放したいわけないだろ!」
 「そうですか。それだけ確かめたかったんで・・・」ホッとした表情で彼は焼き肉を頬張った。

 その後、練習を再開した西だったが、私は会長職、協会の仕事、袴田巌さんの支援活動等で多忙を極めていた為、日々の指導担当を孫トレーナー任せることにした。
 理屈では解っていても、西の表情は決して晴れやかではなかった。

 その年の11月1日、新田ジム主催興行のメインイベントで、西は判定勝利をおさめた。久々の勝利だったのだが、計量オーバーでコンディションがガタガタの相手に手こずりながらの勝利だった為、会心の勝利とは言い難いものだった。

 試合後、西は仕事の都合もあり、またジムから足が遠のいてしまった。「孫さんが他の選手の試合があって忙しそうだから、来月から来ます・・・」何だかんだと理由を並べ立てたが、私はそれを何度か裏切られた。
 私も「もう一回一緒に頑張ろう」と言っておきながら、西の練習を見てやれなくなっていた負い目があり、それを強く叱ることが出来ずにいた。

 しかし――「このままじゃ勝てない。このままじゃ彼は良い人生を送れない」そう思った私は、「無理をしてでも西を見てやらなくては――」という思いにかられた。
 そして今、5月21日の試合に向けて西と時間を過ごしている。お互いにいろいろ複雑な思いはあるにせよ、私はとにかく彼に良い人生を歩んで欲しかった。

 ウェルター級の西は、スパーリングパートナーに不自由している為、しばしば他のジムへ出稽古に出かける。
 ある日、昨年度の全日本新人王・岳(がく)たかはしと共にワタナベジムへ行った際、帰りの車中で西が岳に語りかけていた。
 「俺はボクシングやってホント良かったと思ってるよ。もしやってなかったらろくな人生送ってなかったよ」かつて裏社会に身を置いたことのある男は、悲しい末路を辿った人間を沢山見てきている。
 「俺はこっちの方がずっと面白いよ」少なくとも今、西がボクシングを面白いと感じていることだけは確かであり、それを聞いた私の心も救われた思いだった。

 しかし、まだまだ戦いはこれからである。引退後も、西が胸を張ってそう言える人生を送れるように導くことが、私の仕事だと思っている。
 まずは5月21日の試合に向けて、悔いのない日々を積み重ねてゆくよう努めてゆきたいと思う。

  
    ◆◆◆新田渉世が本を出版しました。「リングが教室。」(ポプラ社)◆◆◆
 
                        =概要=
         日本初の国立大卒チャンプが開いた小さなボクシングジム。
         そこに集う、プロ選手、練習生、トレーナー、そして自分自身。
         皆なんらかの傷を負い、なんらかの挫折感を噛み締めている。
         でも、ボクシングは人を変える。負けることで、人は変わる。
                    そう、「負け」に負けるな――
         スポーツによる魂の再生を描く、感動のヒューマン・ドキュメント。

  
  ▼新田ボクシングジム
神奈川県川崎市多摩区登戸2832 小田急線向ケ丘遊園駅徒歩5分
TEL 044-932-4639
http://www.nittagym.com/

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